以前から、教会のCantor の人手が足りない・・という実情を知りつつも、

なんとなく自分にはな〜

声も低いし、太いし、cantor向きではないと思うんだよな〜

・・などという後ろ向きな思いで、ずっと二の足を踏んでいました。

そんな重たかった足を、今回やっと一歩踏み出し、晴れてその初回を無事終えました。。

(実はここまでに2年かかってます)

その内容をリポートします!

スポンサーリンク







cantorとは

教会のミサでは、オープニングやエンディング、献金時などに歌う賛美歌、また liturgy(典礼)に則って唱える文言(ほとんど聖書から来ています)をメロディーを付けて歌う部分など、かなり歌う箇所があるのですが、

その曲目を伝えて会衆をリードして歌う人のことをcantor(キャンター)と言います。日本語では「前唱者」と呼ばれるようです。

場所は alter(祭壇)の横、会衆の前に立って歌います。

私の通っているThe Basilica of Sacred Heart of Jesus and Mary では、祭壇のすぐ横に”ambo”(アンボゥ)と言われる、階段を登って位置につく、小狭いロフトみたいなところがあって、そこで聖書が読まれたり司祭が説教をしたりするのですが、Responsorial Psalm;答唱詩篇が歌われる時もそこでなされます。

cantorをためらい続けて2年

普段はただクワイヤで歌えばいいだけなので、まったくもって気が楽なのですが、

ことcantorとなるとやることがてんこ盛り!!

以前から、クワイヤのメンバーからも何度も「cantorやって〜!」と言われていながらも「う〜ん・・いつかね〜」と受け流していたのです。。

なんとなく気が向かなかったのも、

「ミサへ行くのにプレッシャーを感じたくない」

というこれまた自己中な思いからでした。。

しかし車の免許も取れて教会へのアクセスも自力でできるようになった今、断る理由がありません。

今回の*Lent(レント)の償いとして、自分で決めた「◯◯を絶つ」など、ある特定の断食をしたりすることに加え、私はさらにプラスして

「やるべきことをやらなかった罪」の償い

として、ずっと避けてきたcantorを、思い切ってやる!と決めました。

*レントとは、イエスの復活を祝う「イースター」の前の、日曜日を除いた40日間のことで(四旬節とも呼ばれる)、この期間はイエスの犠牲、十字架を特に重んじ、自分の行いや習慣を見直して悔い改め、断食や償いをする習慣があります。

cantorのお仕事

ここで、cantorとはどんなことをするのかをご紹介します。 まあ、やることはてんこ盛りです。

①ミサが始まる際のwelcome挨拶や聖書箇所の概要などがまとめられた、“the statement for today” が用意されているので、それを開口一番で読む

②一つ一つの曲目のナンバーと曲名アナウンスと歌のリード

  • Entrance Hymn (オープニング)
  • Responsorial Psalm(答唱詩篇)
  • 福音書が読まれる前のGospel Acclamation
  • Gifts(献げもの、献金)の賛美
  • パンとぶどう酒を聖別する時に行うliturgyに則った、
    • Holy holy holy
    • The mystery of faith
    • Amem
    • Lamb of God の一連を歌うすべて
  • Communion Hymn (聖餐)
  • Sending forth Hymn(エンディング)

③Responsorial Psalmではamboに上がる。その時に一度 alter前のpodium に行って、聖書朗読をした方と並んで一緒にalterに向かってお辞儀をしてからambo に上がり、Psalmが終わった後の降りてくる時も、次の聖書を読む人とpodiumで横に並んで一緒にお辞儀をして、自分の場所へ戻る。

さらに、それぞれスタートするタイミングを見計らったり、次の賛美歌本のナンバーを確認して開いて用意しておく、などがいろいろあり、最初から最後まで一切気が抜けません。

一番離れたところにいるオルガン奏者

また、オルガン奏者(=音楽ディレクター・D氏)はalterとは真反対の、会堂の一番後ろのクワイヤ・ロフトにいて、なおかつ前方に背中を向いた状態で演奏しているので、

私からの距離がすごく遠いし、意思の疎通を図るのが難しく、歌が始まったらもう自分のペースで行くしかありません。こちらからキューを出すことも、相手のキューを見ることもできません。。相手は私を鏡で見ることはできますが、それだけです。

いつ歌が終わるのかはその場の状況次第。伴奏がゆっくりになったらその回で歌が終わる、というサインを頼りにオルガンの伴奏にも注意を払ってひたすら歌う、しかありません。

経験者は一様に、何度もやれば慣れる時が来る、慣れたらなんでもなくなる、と言いますが、私に慣れる日が来るのか・・・

教会にcantorが何人かいるので、その何人かで回しているので、毎回、というわけではありません。ひとまず月1回か2回ぐらいで回ってくると思います。

何しろ始まってしまったので後戻りはできません。

There’s no turning back!

コロナの影響も少しずつ出てきました

今回の”the statement for today” はかなり長かったです。。

聖書箇所の説明(イエス様のtransfiguration、栄光の体に変化した箇所)と、誰でもウェルカムの挨拶、に加えて、

今は、flu(インフルエンザ、特に今はやはりコロナの心配があるのでしょう)のシーズンなので、ミサ中の「平和のあいさつ」=sign of peace;周りの人と握手したりハグしたりして”peace be with you”と挨拶を交わす、のを無くします、

それに伴い、聖餐のワインをシェアするのも行いません、

といった内容でした。

(他の教会では、同様の理由で聖水さえも一切置かない、としていました)

自分のペース、がかえって良かった

こういったstatement、私の場合はネイティブのように早くは読めないので、割り切って自分のペースで、でも全てをなるべくはっきり読むよう心がけました。

また曲目のアナウンスも焦らず、一つ一つはっきり行いました。それが良かったのか、音楽ディレクターも大変褒めてくれました、とても聞きやすかったと。

また会衆のみなさんもとても喜んでくれました。何人もの人が終わった後に「良かったわよ〜、ありがとう〜!」「あなたの声が教会中にあふれるようだった、Amazing!」などと言いに来てくれました。

間違いも事なきを得て・・

・・・もちろん間違いもあったんですが!それに気づく人もあまりいなかったようで・・・

福音書が読まれる前のGospel Acclamationでは、Lent期間用のバージョン、”Glory to you… ” で歌わなければいけなかったところを、私は ” Allelujha…” バージョンで歌ってしまい。。

しかし、その間違いに気づいた人はきっと音楽ディレクターと司祭だけだったと思われ・・・叱られることもなく、事なきを得ました(涙)

あ〜、やはり超緊張しましたよ〜!!でもなんとかやり遂げることができて一安心です。この初回さえ乗り越えれば、後は少しは気が楽になると思います。

これを機に、もっと教会での音楽奉仕に身を入れようと思います。(反省)

神様、今までサボっててすみませんでした!!